土地の風土が創り上げた人々の匂い。旅先で見かけた、そんなちょっとした時の流れが僕は好き。


by iro-tavi

神の降り立った地

a0078807_17161671.jpg 「ヒマラヤ」それは誰もが知っている、でも遠い存在過ぎて実のところあまり知らない、そんな場所ではないだろうか。今、僕はその遠い存在であったヒマラヤの山々をこの目で見ている。「感動」そんな簡単な言葉では片付けられない「威厳」そして「エネルギー」を感じている。それはまさしく「神」そのもの・・・。僕はそれほど信仰深い人間ではないが、この地で自然の力を信じる人々、この地で育まれた文化、そしてそれを見守るかのようなヒマラヤの山々の存在に「神の降り立った地」であることを信じたくなる。今年最後の撮影はこんな「スピチュアル」な場所で、神を感じられたことが僕自身へのご褒美、そして来年へのエネルギーになることを目の前にある「マチャプチャレ」に祈った。

【ネパール・チャンドラコットにて】
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# by iro-tavi | 2006-12-18 22:09

学んだこと

a0078807_17585035.jpg島のほぼ真ん中ぐらいのところで足を止めた。そこには、この島唯一の小学校があり、元気な子供達で溢れかえっていた。そしてその子供達1人1人が見せる屈託のない笑顔が、最近感じることのなかった感覚として僕を引き止めたのだ。
今、僕が訪れているのはフィリピン・セブ島から船で3時間ぐらいのところにあるバリカサグ島。歩いても島一周40分も掛からないこの島は、電気・水道などのライフラインさえもままならない、そんな島である。でも軒先でニワトリの親がヒナにミミズの採り方を教え、家の木の木陰で豚が涼を摂る。素朴だけれど、妙に懐かしささえ覚える。島には島特有の不便さがあると思うのは、僕のような近代的な生活に慣れ親しんだ人の戯言、でもそれを知らずに生きていけるこの環境だからこそ、あの屈託のない笑顔が生まれるんだろう。「豊かさはその人なりの尺度の中」そう感じた小さな島であった。

【フィリピン・バリカサグ島にて】
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# by iro-tavi | 2006-11-28 12:46

韓流の華

a0078807_13351583.jpg 「秋夕」と呼ばれる韓国のお盆の最中、昌徳宮に足を運んでみた。境内は朝鮮王朝時代を偲ばせる様式美が続き、そのところどころに花をモチーフにあしらう美意識は「優美」の一言につきる。事実、朝鮮王朝時代は衣食住において花がより身近な存在だったようであり「花煎」のような花を材料にした餅はその時代の人々の心の優しさを今に伝えているかのようである。そして今、僕の目の前にも愛らしさに満ちあふれた小さな花が咲いている。それは悠久の時の流れの中で咲くチマチョゴリを纏った華だった。
「ん〜韓国って素敵じゃない。」焼き肉・カジノ、それはそれで韓国なんだと思う、でも古き良き朝鮮王朝時代に思いを馳せながら「古都ソウル」を感じるてみる。今回の僕のテーマであった自分自身の「韓流」はこの一輪の華で完結した。

今日は韓国のお盆。

【韓国・昌徳宮にて】
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# by iro-tavi | 2006-11-05 16:23

ベトナムの朝

a0078807_1755917.jpg 東の空がゆっくりと色を変え始めた頃、部屋を出てビーチを歩いてみた。辺りはまだ夜の匂いが漂っていたが、遠くに見える漁り火が横一線となり、空と海の境界線を標していた。そんな景色に目を奪われていた数分間の間に、空は刻一刻と様相を変え、漁を終えた漁師達が次々とビーチに戻り、家族総出で網から魚を外している情景を映し始めてた。その姿は静寂そして寡黙ながらも、手際の良さは長い年月が作り上げた歴史、ここファンティエットの朝の風物詩なるものなのだろう。
ベトナム=「喧噪」となってしまいがちだが、南北に長いベトナムはその町、町で本当にいろいろな顔を見せてくれる。ホーチミンから車で数時間の距離にあるここファンティエットは「喧噪」とは無縁の今も昔もそしてこれからも変わることのない朝を迎え続けることだろう。

【ベトナム・ファンティエットにて】
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# by iro-tavi | 2006-09-05 17:55

少しの勇気

a0078807_1827242.jpgゲルの天窓から力強い光が老婆の顔を照らす。それはこの大地が育んだ、人としての「たくましさ」そして「優しさ」を感じるのに十分過ぎる絵図だった。実のところ、その絵に辿り着くまでには、少なからず心の中に躊躇があった。それは今回に限ったことではないが言葉・文化・習慣・風習などの違いは撮り手として、大きな壁になることが少なくない。今回も言葉の通じない老婆にどう声をかけよう?やっぱ、止めようか?・・そんな心の葛藤が続く、そして僕はこう自分に言い聞かせる「今という時間はもう二度と来ない」。そんな少しの勇気が被写体を表現し、そして自分をも表現出来る写真となる。撮り手は、いや、僕は臆病で気が小さくて声をかけるのが苦手。でも、そんな自分を奮い立たせた時、自分なりの最高の1枚が出来上がる。どこまでも続く草海原、手に届きそうなくらい低い雲、そんなモンゴルの自然の中で暮らす人達から、また新たな勇気を与えられたそんな気がした。

【モンゴル・ブルドにて】
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# by iro-tavi | 2006-08-03 10:22