土地の風土が創り上げた人々の匂い。旅先で見かけた、そんなちょっとした時の流れが僕は好き。


by iro-tavi

輪廻転生

a0078807_12482076.jpg死んであの世に還った魂が人や動物になって何度も生まれ変わることを「輪廻転生」という。仏教などの思想感の中から生まれた言葉だと思うが、だとすると、今、僕の目の前に広がるこの美しい景色を後世の僕の魂は見ることや感じることが出来ているのだろうか?
仕事柄、訪れた土地の匂いに敏感になり、そんな匂いを感じることが好きになった。けど、この数年、その土地特有ともいえる匂いに微妙な変化を感じている。それは近代化に伴った時の歩み、そして微妙にズレてきている自然の匂いがそう思わせているのかも知れない。寂しいことだが、その自然の匂いは僕たち人間がそうしてしまったのは否めないことなのだと思う。今、僕のいるモルディブも地球温暖化の影響で島が没するかも知れないと噂されている国である。こんな美しい国が海中に沈む・・・きっと後世の僕はこんな美しい国があったことすら知らない、それはあまりにも悲し過ぎる。

【モルディブ・アナンタラ リゾート&スパにて】
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by iro-tavi | 2007-04-10 22:11

神の降り立った地

a0078807_17161671.jpg 「ヒマラヤ」それは誰もが知っている、でも遠い存在過ぎて実のところあまり知らない、そんな場所ではないだろうか。今、僕はその遠い存在であったヒマラヤの山々をこの目で見ている。「感動」そんな簡単な言葉では片付けられない「威厳」そして「エネルギー」を感じている。それはまさしく「神」そのもの・・・。僕はそれほど信仰深い人間ではないが、この地で自然の力を信じる人々、この地で育まれた文化、そしてそれを見守るかのようなヒマラヤの山々の存在に「神の降り立った地」であることを信じたくなる。今年最後の撮影はこんな「スピチュアル」な場所で、神を感じられたことが僕自身へのご褒美、そして来年へのエネルギーになることを目の前にある「マチャプチャレ」に祈った。

【ネパール・チャンドラコットにて】
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by iro-tavi | 2006-12-18 22:09

学んだこと

a0078807_17585035.jpg島のほぼ真ん中ぐらいのところで足を止めた。そこには、この島唯一の小学校があり、元気な子供達で溢れかえっていた。そしてその子供達1人1人が見せる屈託のない笑顔が、最近感じることのなかった感覚として僕を引き止めたのだ。
今、僕が訪れているのはフィリピン・セブ島から船で3時間ぐらいのところにあるバリカサグ島。歩いても島一周40分も掛からないこの島は、電気・水道などのライフラインさえもままならない、そんな島である。でも軒先でニワトリの親がヒナにミミズの採り方を教え、家の木の木陰で豚が涼を摂る。素朴だけれど、妙に懐かしささえ覚える。島には島特有の不便さがあると思うのは、僕のような近代的な生活に慣れ親しんだ人の戯言、でもそれを知らずに生きていけるこの環境だからこそ、あの屈託のない笑顔が生まれるんだろう。「豊かさはその人なりの尺度の中」そう感じた小さな島であった。

【フィリピン・バリカサグ島にて】
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by iro-tavi | 2006-11-28 12:46

韓流の華

a0078807_13351583.jpg 「秋夕」と呼ばれる韓国のお盆の最中、昌徳宮に足を運んでみた。境内は朝鮮王朝時代を偲ばせる様式美が続き、そのところどころに花をモチーフにあしらう美意識は「優美」の一言につきる。事実、朝鮮王朝時代は衣食住において花がより身近な存在だったようであり「花煎」のような花を材料にした餅はその時代の人々の心の優しさを今に伝えているかのようである。そして今、僕の目の前にも愛らしさに満ちあふれた小さな花が咲いている。それは悠久の時の流れの中で咲くチマチョゴリを纏った華だった。
「ん〜韓国って素敵じゃない。」焼き肉・カジノ、それはそれで韓国なんだと思う、でも古き良き朝鮮王朝時代に思いを馳せながら「古都ソウル」を感じるてみる。今回の僕のテーマであった自分自身の「韓流」はこの一輪の華で完結した。

今日は韓国のお盆。

【韓国・昌徳宮にて】
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by iro-tavi | 2006-11-05 16:23

ベトナムの朝

a0078807_1755917.jpg 東の空がゆっくりと色を変え始めた頃、部屋を出てビーチを歩いてみた。辺りはまだ夜の匂いが漂っていたが、遠くに見える漁り火が横一線となり、空と海の境界線を標していた。そんな景色に目を奪われていた数分間の間に、空は刻一刻と様相を変え、漁を終えた漁師達が次々とビーチに戻り、家族総出で網から魚を外している情景を映し始めてた。その姿は静寂そして寡黙ながらも、手際の良さは長い年月が作り上げた歴史、ここファンティエットの朝の風物詩なるものなのだろう。
ベトナム=「喧噪」となってしまいがちだが、南北に長いベトナムはその町、町で本当にいろいろな顔を見せてくれる。ホーチミンから車で数時間の距離にあるここファンティエットは「喧噪」とは無縁の今も昔もそしてこれからも変わることのない朝を迎え続けることだろう。

【ベトナム・ファンティエットにて】
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by iro-tavi | 2006-09-05 17:55

少しの勇気

a0078807_1827242.jpgゲルの天窓から力強い光が老婆の顔を照らす。それはこの大地が育んだ、人としての「たくましさ」そして「優しさ」を感じるのに十分過ぎる絵図だった。実のところ、その絵に辿り着くまでには、少なからず心の中に躊躇があった。それは今回に限ったことではないが言葉・文化・習慣・風習などの違いは撮り手として、大きな壁になることが少なくない。今回も言葉の通じない老婆にどう声をかけよう?やっぱ、止めようか?・・そんな心の葛藤が続く、そして僕はこう自分に言い聞かせる「今という時間はもう二度と来ない」。そんな少しの勇気が被写体を表現し、そして自分をも表現出来る写真となる。撮り手は、いや、僕は臆病で気が小さくて声をかけるのが苦手。でも、そんな自分を奮い立たせた時、自分なりの最高の1枚が出来上がる。どこまでも続く草海原、手に届きそうなくらい低い雲、そんなモンゴルの自然の中で暮らす人達から、また新たな勇気を与えられたそんな気がした。

【モンゴル・ブルドにて】
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by iro-tavi | 2006-08-03 10:22

記憶の写真

a0078807_14434284.jpgボルネオ島の東側に点在する幾つかの島の中にシパダン島という、とても小さな島がある。おそらくダイビングをする人以外で、この島の名前を知っている人はそうはいない?そんな島である。僕がシパダン島に訪れたのは今から2年前。いろいろな情報が飛び交う中、残念にもこの島の保護という理由から入島が禁止される数ヶ月前であった。僕は一人、夕方のビーチを歩いていた。空は刻一刻と茜色へと様相を変え、海をも包み込んでいた。そんな中、コテージのテラスで夕日を眺めていた老夫婦が目に止まった。もちろん彼らとは会話など交わしていないし、名前さえも知らない。でも僕は、もう戻ることの出来ないこの空間に時を同じくした、そんな共鳴感みたいなものを老夫婦に感じ、シャッターを押していた。シパダン島は今現在も閉鎖中だと聞いている。でもその時の感情は、もうこの目で見ることが出来ないかも知れないシパダン島の夕日と共に写真の中に残っている。

【マレーシア・シパダン島にて】
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by iro-tavi | 2006-07-23 18:08

休日

a0078807_96296.jpg早朝便で到着した僕は眠気との戦いの中、1人ビーチを歩いてみた。それは、旅人・ローカルを問わず、若者が集い、老夫婦が散歩する、そんな誰からも親しまれ続けて来たワイキキビーチの匂いを感じたかったのだと思う。暫く散策した後、太陽の日射しをたっぷりと吸収した背中が目に止まった。彼はちょうど海からあがって来たばかりなのだろうか、真っ黒な背中を流れる雫がそのことを連想させる。僕は今日の1枚目をその背中と決めたその時、彼の横に女の子が寄り添い、何かを話し始めた。「パパ、海、どうだった?」っと話しているかは分からない、でも、ファインダー越しに見えていたその2人の情景からは仲むつましい親子の会話をしているように感じ取れた。そして僕は、真っ黒な背中のアップからズームレンズの焦点距離を動かし、親子の休日へと主題を変えてシャッターを押した。もう、その時点で眠気などなくなっていた。

【ハワイ・ワイキキビーチにて】
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by iro-tavi | 2006-07-18 16:51

重なった思い

a0078807_8483028.jpgホイアン滞在最終日、僕には心残りがあった。それは渡航前に担当のH氏から「以前、ホイアンを訪れた時に雰囲気のあるおばぁちゃんを見かけたんだけど、そんな写真も撮ってきて貰えますか?」の言葉にである。それは、とても漠然とした投げ掛けであり、答えはたぶん人の感情の数だけある・・事実、僕はその依頼に添える写真を撮れないでいた。いや、正確にいえば、このホイアンの町柄、そんな雰囲気のある老婆が少なくなく、シャッターを押せないでいたのだ。そんな中、初日に見かけた物売りの老婆がどうも気になり、結局、最終日の最後のカットを、そしてH氏の依頼のカットをこの老婆に決め、ホイアンを後にすることにした。後日、今回の写真をH氏に見せた時「私が言ってたのもこのおばぁちゃんです!」と驚きの声があがった。それは、H氏の心の中だけにあった思いが、写真の中で蘇った瞬間であった。撮り手として妙に嬉しく思えた瞬間であり、こんな小さなことが僕を成長させてくれている。

【ベトナム・ホイアンにて】
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by iro-tavi | 2006-07-17 19:17

ナショ・ジ

a0078807_16521892.jpg頭の片隅に残っている絵。それはどこかで体験した記憶、または書物などで見た間接的な記憶のどちらかの場合が多い。タイの首都バンコクから車で4時間ほど東へ向かったところにアンコール王朝時代のクメール遺跡群が散らばる地域がある。どの遺跡もクメール独特の繊細な彫刻が施され、その美しさはアンコール遺跡と遜色ない素晴らしいものばかりである。そんな遺跡で1人の僧侶を見かけた。僕は目線で追いながら心の中で僧侶が遺跡の入口で立ち止まりこちらを見ている絵を頭で描いてた。それは、今思い起こせば、タイへの渡航前に「ナショナルジオグラフィック」に掲載されていた写真と同じ絵図。僕はたぶん記憶の片隅にその写真を記し、追い求めていたから。それはその写真を見た時に僕自身の心が揺さぶられたものだったから。そして今、その想いが目の前で現実というかたちで、僕のものとなった。

【タイ・ムアンタン遺跡にて】
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by iro-tavi | 2006-07-13 18:43