土地の風土が創り上げた人々の匂い。旅先で見かけた、そんなちょっとした時の流れが僕は好き。


by iro-tavi

ケチャ・ラーマヤナ劇

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古刹・ウルワトゥ寺院が暖色系の空に包まれる頃、1人のマンクー(神事を司る僧侶)が松明に灯をともす。これが「ケチャ・ラーマヤナ」の始まりとなり、声だけの独特の旋律を奏でながら男達はトランスして行くのである。

もともと「ケチャ」とは、儀式舞踏であるサンヒャンの最中にトランスした1人の舞踏家が「チャック」「チャック」とリズムを刻む声に陶酔しバリス(儀式の舞踏)を踊り始めたのがきっかけとなり、現在の「ケチャ・ラーマヤナ」が生まれたそうである。
その発案人がドイツ人画家のシュピースである。彼は信仰と自然が共存するバリを愛し、今日、僕達がイメージする「楽園」「神々の島」を具体化してくれた、バリ芸能の父と称される人物である。

そんな彼が創造した宇宙はウルワトゥ寺院の神聖さと自然の雄大さの両方を見方につけて、見る者全てを陶酔させ、もっとも輝く時を迎えていた。

【バリ・ウルワトゥにて】
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by iro-tavi | 2008-07-24 16:13

ウブドの夜 sanpo

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アユン渓谷に陽が沈み今まで鳴いていた鳥達のさえずりが消える頃、何処からともなく聴こえてくるガムランの音。ウブドではこれが太陽の時と月の時との境界線となる。そして月の時が進む頃ウブドはトランス状態へと加速するのである。
バリ芸能はもともと宗教性が高い「wali」から観光用に上演される「Balihan」まで同空間に存在することがほとんどであり、それらの組み合わせで1つの舞踏を演じる。特にウブドはこれらバリ芸能の中心地として多くの歌舞団が凌ぎを削りその舞いは月の時の主役となる。
今、僕の目の前で舞っている「Kebyar Torompong」は踊り手である男性が女装した形で「踊りながら楽器を演奏する」という「Balihan」であるが、終始、目を見開いた力強い表情は男性、作り出される旋律の繊細さは舞う女性を表現しているのであろう、人という存在を越えた美しさ、別の生命体を感じる。

芸能とは往々にして中性的感覚の中で発展していくことが多いようだがバリ芸能の礎を築いたドイツ人画家「シュピース」は彼らの舞いをどう感じるのだろう。

トランスを終えた月の時はそんなことを妄想するにはもってこいの場所である。

【バリ・ウブド王宮にて】
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by iro-tavi | 2008-07-19 18:00

祈りの形

a0078807_11195880.jpg 人の遺伝子には古来から神を祀ることが刻まれているのかも知れない。それは祭りという形の祈願であり、その土地の風土と溶け合い、世界中の国々で今も続いている。今、僕が訪れているフィリピン・バギオという町でも先住民族である「イフガオ族」の土着の文化にこの土地の花をミックスさせた「PANAGBENGA/ストリート・パフォーマンス」と言う形で祀られ、それは一見「リオのカーニバル」にも似た、それでいてフレンドリーなフィリピンらしさが加わったフィエスタ(祭り)である。もともとフィリピンのフィエスタはキリスト教とスペイン統治時代の影響が色濃く残り、それは遺伝子レベルで受け継がれてきたかのようなラテン系の血筋を引いた開放感があり、魅了させられる催し物が多い。そんなパフォーマンスに従事する女性の動作1つ1つが沿道に群がる全ての人の遺伝子をノックしていたように感じられた。祈りの形は違うとも、日本人である僕にもそれは届いていた。

【フィリピン・バギオにて】
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by iro-tavi | 2008-06-14 11:21

プラナカン文化

a0078807_13585535.jpg マレー半島の先端にある小さな国・シンガポール。特筆するものは「マーライオン」・・他に何が思い浮かぶだろうか。少なくとも僕は「土地の匂いの薄い国!?」そんな感覚でこの国を捉えていた気がする。そう「プラナカン文化」という存在を知らなかったからである。
「プラナカン文化」とはマレー半島にやってきた中国系移民の間で花開いた文化であり、現地のマレー文化、そして植民地時代のポルトガル・オランダの文化を取り入れた複合文化である。その特徴はフェミニンという言葉が妥当であろうか、カラフルな色使いは本土中国の文化とは一線をかき、独特の世界感がある。そんな「プラナカン文化」であるが、近代化に伴う継承の問題、そして戦時中に日本軍の手に因って衰退を余儀なくされた背景があることを現地の方からお話を頂いた。知らな過ぎたこの国の真実、そして日本人として心の痛む言葉の数々。世界中には表になかなか出てこない現実があるんだと思い知らされた今回の旅であった。

【シンガポール・カトン地区にて】
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by iro-tavi | 2007-11-06 14:55

古都

a0078807_1339593.jpg 「古都」とは古くからの都、または昔に都がおかれていた土地のことを指す。そんな「古都」という言葉の響きに心の奥底から掻き立てられる何かを求めネパール・バクタプルという街に来ている。その昔、マッラ王朝の3王国時代に首都の一つとして栄え、互いに美を競い合った町並みはネワール文化の最高傑作として今なお色褪せない姿で生き続けている。それはまるで映画のセットのようでもあり、褐色の古い建物が軒を連ね、褐色の石畳が街を埋め尽くす。事実、映像美で名高いベルトリッチ監督の「リトル・ブッタ」の一部は、このバクタプルで撮影されたものだという。
時は過ぎるとも、青く棲んだヒマラヤの空に刺さるかのように建つニャタポラ寺院のお膝元、行き交う女性のクルタ姿の何気なさに心が掻き立てられる答えがあるように思えた。それは「運命を背負った人の街」。意味深ではあるが「人が街を創造し、街も人を創造する」僕の心はそこに反応していた。

《ネパール・バクタプルにて》
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by iro-tavi | 2007-08-22 13:41

温故知新

a0078807_17132650.jpg 緑豊かな地を縫うような香江河畔に栄えた街、フエ。かつてベトナム最後の王朝、阮朝の都が置かれ、その繁栄を今に知らさせる建築物の数々は正しくこの街が都であったことを物語っている。そんなこの街でガーデンハウスと呼ばれるお宅を訪問させて頂いた。ガーデンハウスとは当時の姿を色濃く残す家々のことであり、美しく配置された庭園と家屋のバランス、咲く花、そしてそこを漂う空気感はその時代の名残として今も尚、生き続けている。そんなガーデンハウスが佇む街並みを全く古臭く感じさせない、逆に新しささえ覚える伝承的美意識こそ、ベトナム全土に広がるベトナム人のアイディンティティーなのかもしれない。
便利を追求することを間違ってはいるとは思わない、僕もその便利な生活に慢心している一人だから。ただ「闇雲にそれを追ってはいけない、温故知新ですよ」とガーデンハウスの1住人に囁かれたような気がした。

【ベトナム・フエにて】
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by iro-tavi | 2007-07-20 17:13

神獣

a0078807_197963.jpg太陽の日が幽かな光りだけを地上に残す頃、僕は「八達嶺」に着いた。中国1の史的観光スポットであるこの地は、日中はおそろしい数の観光客でごった返すと聞いていたが、そんな気配など全く感じられないくらいに、この時間は静寂の支配下に置かれていた。そして完全に今日という日が終わりを告げた時、新たな命が息づいたように僕には見えた。それは数千年前ではきっと気付くことのない、今という時代だからこそ、目にすることが出来た闇夜に浮かぶ「龍」の姿であった。中国という歴史背景がそんな気を起こさせたのだと思うが、漆青の空へと続くかのように建造された城壁は正しく神獣「龍」が伝説の中から蘇り、数千年にも及ぶ歴史の重みとロマンを語りかけているかのようだった。そしてゆっくりとゆっくりと身体をくねらせながら、時空を越えた闇夜へと昇る「龍」の姿を空想しその姿を追い続けていた。

【中国・万里の長城にて】
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by iro-tavi | 2007-05-27 19:07

残り香

a0078807_1632492.jpg地球上には多くの栄枯盛衰が刻まれている。それはある意味悲しい事実かも知れないが、その反面その場所でしか感じることが出来ない独特の歴史を残すことに繋がっている。特にアジア地区はヨーロッパ諸国からの植民地支配の影響が色濃く残り、もともとあるその地域の匂いと上手く解け合い、フレンチベトナム・スパニッシュフィリピンと呼べるような今までに既存しない新しい文化が生まれるに至っている。そんな融合的文化とも呼べる土地の匂いが僕自身の心を揺さぶる一つ要素となり、旅をより印象的なものとしてくれている。今、僕が訪れているマカオも近代的エッセンスを加えつつも、アズレージョを始め、街の至るところにポルトガル統治時代を偲ぶ足跡を残し、旅人を現代の異空間マカオへと誘っている。時は経ち、時代が急速に変化を遂げる今日でも尚、ステンドガラス窓から射し込む優しい光は、きっと当時の姿のまま何一つ変ってはいない、いや、変ってはいけない。

【マカオ・ペンニャ教会にて】
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by iro-tavi | 2007-05-10 16:32

輪廻転生

a0078807_12482076.jpg死んであの世に還った魂が人や動物になって何度も生まれ変わることを「輪廻転生」という。仏教などの思想感の中から生まれた言葉だと思うが、だとすると、今、僕の目の前に広がるこの美しい景色を後世の僕の魂は見ることや感じることが出来ているのだろうか?
仕事柄、訪れた土地の匂いに敏感になり、そんな匂いを感じることが好きになった。けど、この数年、その土地特有ともいえる匂いに微妙な変化を感じている。それは近代化に伴った時の歩み、そして微妙にズレてきている自然の匂いがそう思わせているのかも知れない。寂しいことだが、その自然の匂いは僕たち人間がそうしてしまったのは否めないことなのだと思う。今、僕のいるモルディブも地球温暖化の影響で島が没するかも知れないと噂されている国である。こんな美しい国が海中に沈む・・・きっと後世の僕はこんな美しい国があったことすら知らない、それはあまりにも悲し過ぎる。

【モルディブ・アナンタラ リゾート&スパにて】
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by iro-tavi | 2007-04-10 22:11

神の降り立った地

a0078807_17161671.jpg 「ヒマラヤ」それは誰もが知っている、でも遠い存在過ぎて実のところあまり知らない、そんな場所ではないだろうか。今、僕はその遠い存在であったヒマラヤの山々をこの目で見ている。「感動」そんな簡単な言葉では片付けられない「威厳」そして「エネルギー」を感じている。それはまさしく「神」そのもの・・・。僕はそれほど信仰深い人間ではないが、この地で自然の力を信じる人々、この地で育まれた文化、そしてそれを見守るかのようなヒマラヤの山々の存在に「神の降り立った地」であることを信じたくなる。今年最後の撮影はこんな「スピチュアル」な場所で、神を感じられたことが僕自身へのご褒美、そして来年へのエネルギーになることを目の前にある「マチャプチャレ」に祈った。

【ネパール・チャンドラコットにて】
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by iro-tavi | 2006-12-18 22:09